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部屋とYシャツとわらG

部屋とYシャツとわらG

小学校3年生 1学期 その2

2007/06/06
今日から 「障害児と生きる日常(36536)」 [ 最近のことの日記 ]
 昨日のこと。朝、Sと一緒に登校し、小学校の門を通った。

 ここから先は、いつも花壇のまわりの大きな石の上を渡り歩く。それを補助?するために、手をつないであさがお学級(仮名)までの道を二人で行くのだ。

 そうやっていつもの通りに手をつないで花壇のまわりの石の上を進んでいると、小学校1年生の女の子に声をかけられた。

 「この子、『あさがお』の子?」 

 いやな感じでなく、素朴な感じで聞いてきた。1年生でもないし、かといってしっかりした上級生でもないし(笑)、不思議に思ったのだろうか。

 「そうだよ。あさがおの3年生だよ。よろしくね。」と優しく声をかけた。

 すると、「そう、私も今日から行くからよろしくね!」

 なんだか女の子特有のおしゃまな感じ。

 「…。 あっ、今日1年生の見学とかあるのかな?」

 「ううん、私が今日行くの。」

 よくわからなかったが、そこで別れて教室に行くと…その子があさがお学級のげた箱にいた。

 どうも本当に今日から、通常級からこちらに来る子だったらしい。

 それにしても、Sのことをクラスメイトだと見破り(まあそれはわかるか)、さらにきちんとした会話が成り立っていて、なんだか大人みたいなおしゃべりのできるあの感じ…いったい何の支援がいるのだろう?

 と思いながら去っていったのだが、その日Sを迎えに行ったついでに5時間目の授業を見ていて判明。

 なかなかのおしゃべり魔、イヤイヤ魔、怒りん坊…思わず笑ってしまった。またライバルが増えた(笑)。

 新しいお友達…いやご学友に乾杯!

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2007/06/12
ゴネ勝ち 「障害児と生きる日常(36536)」 [ 最近のことの日記 ]
 最近のSは、嘘泣き?や不機嫌・怒りをあらわにして、ゴネて何かを勝ち取る(休息や物や保健室行き)ということが結構あると学校でも聞いていたので、家では私が「譲れないことは絶対譲らない」とがんばっていた。

 今朝、家を出るところから行きたくないと、ダダコネ寝ころび攻撃。少し待って起こすとたいていは2回くらいであきらめてテクテク歩き始めるのだが(そこから30分まじめにちゃんと歩く)、今日は200m進むまでに10回以上寝ころぶは、怒って暴れるは…これでは学校でもダメそうだから欠席か?というくらいのありさま。

 いつも握手をしてくれる八百屋のおじさん…のところまでたどりつけぬまま、Uターンした。

 休ませる気はなかったのだが、このままのペースでしか進めないのでは、私が1時間目の授業に遅刻してしまう…。それで家に連れて帰ってそれから車で出直すのにはもうこの時間が限界…と思い家を出て15分後、戻りはじめたのだったが、なんとSは帰り道になるとテクテクとよく歩く!

 許せんヤツ。まさにゴネ勝ちされたことで「これはよくない」と、車に乗る前にもしかり、乗ってからも機嫌悪くして無視していたが、S本人はどこ吹く風…。

 小学校に着くとご機嫌で登校していった。

 図工の時間にのりをなめてしかられて少しシュンとしたらしいが、交流給食の付き添いに私が行った頃にはまたご機嫌。早々と魚の切り身を食べた後、食パンの耳を食べ終わると他に気に入ったおかずがないらしく、必死で魚のおかわりを要求。

 しかし、食べられるはずのとうもろこしとかほうれん草などの野菜に手をつけないので、「それを一口食べてから」とおかわり保留。全部食べるのは無理でも、たいていはこの交換条件のやりとりがわかって少しは食べるのだが…最近のゴネ勝ちにいい気になっているのか、今日はそれさえも拒否。

 しばらくの間、何度もおかわり要求をしても私が屈しないので、廊下に走り出て泣いてみたり、しまいには怒って私をつねろうとしたり…とバトルが続いた。交流学級に行って何やってんだか…という感じだが、「これは譲れない」とこっちもねばった。

 あまりのしつこさに、とうとう私の方が… ゆずった …のではなくて、切れた! 


 「いいかげんにしなさい! だめなものはだめです!」という怒り声(それでもちゃんと言葉遣いはよそゆきバージョン)が教室中にこだまして、みんな「シーン」。

 なかなか恥ずかしかった。

 Sは一応しおらしくなったものの、それでもまだとうもろこし一粒さえ食べずに魚をとろうと手を出してくる。

 しぶといSとのやりとりがまだ5分続いた末、小さな魚一切れの上にとうもろこし一粒をのせて出して、「これをちゃんと食べなさい!」というと、視覚的に同時に見えたのがよかったのか、やっと「魚・とうもろこし・魚」の順に食べた。

 ああ疲れた。

 これで、嫌いな○○を産まれて初めて食べた…とかならまだ許せるが、彼は日頃はとうもろこしばかり食べるようなこともあるのだ。偏食プラス気分次第…困ったものだ。

 それでも以前は、給食時間にいっさい口にしなかったし、座ってもいられなかったので、成長は認めよう。

 明日は、朝じっくりつきあえるので絶対に歩かせるぞ!

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2007/06/20
プール開き 「障害児と生きる日常(37417)」 [ 最近のことの日記 ]
 今週からプール開きをしているのだが、Sのいる特学も今日は「プール道具一式を持ってきてください」とのこと。

 ただし、体温とかを測って、はんこを押すプールカードはまだ…。

 そう、今日はまだ持ち物の確認だけ。

 でも、朝からプール道具を見ちゃったから入りたがって怒るのでは…どうなることやら…と思っていたのだが、授業で「プールのまわりを走らずにちゃんと歩く練習」(笑)をしたらしい。

 そして足だけジャブジャブ…の予定だったようだが、うちのSは、着替えの半ズボンをはいて、ビニル袋入りの半ズボンを持って家に帰ってきたのであった。

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2007/06/24
卒業写真 「障害児と生きる日常(37417)」 [ 最近のことの日記 ]
 Sの余暇の過ごし方のうち、家にいる時は読書好きだ。

 かといって、親が絵本の文字を読もうとしたりするものなら、すぐにぽいっとする。


 自分で勝手に、絵を見たり、指で「ペシッ」とはじいたりして楽しむ。

 以前の日記にも書いたが、写真が多い雑誌が好きで、歴史資料集とか日本の温泉とか日本の教会(笑)とかが愛読書であった。

 この1ヶ月、居間の、ある戸棚からひんぱんに取り出すようになったのが…大学の卒業アルバム。

 分厚くてほとんど白黒だが、「全編これ写真」なので気に入ったらしい。

 「ほら、ここにお父さんが…」なんて声には全く耳を貸さず、開いてはピシピシと指ではじく。

 数日のうちに、「この戸棚のものは写真ばかりだ」と気づいたらしく、次々と他のものまで出すようになった。

 私の、高校のアルバム、勤務したY中のアルバム…が特にねらわれているうちに、特にぺしぺしやられる部分が曲がってきた。さらに妻の幼稚園のアルバムにいたっては、なぜかページを開いて「なめる」など、行動がとんでもなくなってきた。

 緊急避難の必要から、はなれの倉庫の戸棚を整理&掃除し、ついでに居間の戸棚を整理し、大変だったがおかげでいつかやろうと思っていた本の整理ができた。

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2007/07/03
理由なき反抗 「障害児と生きる日常(37417)」 [ 最近のことの日記 ]
 我が家の王子、自閉症児Sのこの数日の態度はひどいものだ。

 昨日は、朝の登校を、いや、朝の起床を渋り、結局休んだ。日頃は、トイレに行った後、ご飯を見せても反応なし、飲み物さえ飲まず…というような日でも、時間が来れば一応立ち上がってそのまま出かける(これが5割、食べる日が5割)という感じなのだが、この日は最後まで抵抗し、全くダメだったのでやむなく休ませることに。一応前日・前々日と熱が出ていたので、「自分で調子悪いのを感じているのだろう」ということになったが、欠席連絡の電話をしていて「行かなくていい」とわかった時に「ニヤリ」と笑っていたらしい(笑)。

 両親が仕事に出かけた後は、すっかり元気、いたずらの限りを尽くし、じいちゃんばあちゃんに怒られて過ごしたそうだ。

 そして本日、水泳もあるかもしれないし、何としてでも行かせよう…というこちらの気合いが空回りするほど、すんなりと登校。

 ところが、学校でも一日中不機嫌。というか、怒ったり、笑ったり、逃げたり…の一日だったとのこと。

 私が行った給食と帰りの時間だけでも、何か注意や指導をされると先生に暴行! シャツをつかむ、つねろうとする、少し蹴る…など私も含めて3人の被害を確認! 中学生なら親呼び出しまたは警察沙汰だ!(今回親もやられたが)

 帰るときもグラウンドで私とバトル。つかみあったり、けりあったり、手を持って引きずっていったり、怒鳴ったり…ほとんど虐待親?のようなシーンを見せながら帰った。(ただし、「○○します。○○しません!」とか業界敬語で怒鳴っている)

 そしてこんな日に限って、2週間に1度のST(言語聴覚訓練)とOT(運動訓練)が療育センターであったりする。予想よりはよくやったが、それぞれの先生の髪の毛を2回ずつつかんで離さなかった…。

 よく謝ったり、謝らせた一日だった。

 イライラの元は何か…昨日の早朝(夜中)に蚊に刺されたそのかゆみ! 夜中にブーンと飛んでいた3匹の蚊を妻が倒すとすでに血を吸っていたらしい。そのせいか顔にも刺された後が…。

 今日も顔、手首、足首…とまだ腫れていて、こうなるとダニとか違う虫も疑われてきたが、何度も薬を要求してきてはつけてもらっているにもかかわらず、イライラ…。

 かゆいから怒るのか、怒るから血行がよくなってまたかゆくなるのか…よくわからないがどうもそのあたりがこの2日間の不機嫌・反抗の理由?かと思われる。

 他のこどもたちにそれをやらないのは救いだが、自分に指示する大人に抵抗してくる…ということは、やっぱりただの「反抗」か?

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2007/07/05
プール好き 「障害児と生きる日常(37417)」 [ 最近のことの日記 ]
 Sの連絡帳より

 「プールはとても楽しみにしていたので、着替えがものすごく早く びっくりしました。

 しばらく入水していましたが、冷たかったようで、すぐ出ようとしました。

 出るとプールサイドを走るので、注意されました。」

 たぶん、ギャーギャー言いながらそれを繰り返したんだろうなあ(笑)。

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2007/07/06
立派になったお友達? 「ひとり言・・?(65535)」 [ 最近のことの日記 ]
 Sと私が給食交流に行く3年2組には、幼稚園時代のお友だちが二人いる。

 二人とも当時からやんちゃで目立っていたのだが、Sも入れて、A幼稚園のビッグ3と言える存在(笑)である。

 そのうちのY君のそばにいるとなぜかSは落ち着くのでこのクラスが交流先となり、いつも彼の班にいたのだが、今や彼なしでもよくなり、いろんな子がかまってくれる。

 もう一人のH君は、おうちの人とも道ばたでよく会うのだが、とてもいい感じの人だ(たぶん元ヤン)。本人もいたずらっ子だが要領が悪くてすぐ怒られる損な役回り…将来、「憎めないヤンキー小僧」になるかなと勝手に期待?している。

 そんなH君が、今日、給食中に立ち上がり、「先生、僕のところに牛乳のストローが置いてなかったので、引き出しから取ってもいいですか?」と、状況報告から解決方法まできちんと担任の先生に言っていた。

 まあ、なんて立派になったことか!

 よく他の子が「先生、ストローがないー」なんて言っては、「そう、じゃあどうすればいいのかなあ」なんて言われていたり、「僕のところにストローがありません」とかただ怒って言うような場面を見たので、H君の成長に、思わず目を細めてしまった


 …のだが、彼が「引き出しから取ってもいいですか?」といった直後に、班の人から声がかかった。


 「H君ー、足もとにストロー落ちてるよ!」


 人はそんなにいっぺんには成長しない(笑)。

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2007/07/15
玉突き? 「障害児と生きる日常(37417)」 [ 最近のことの日記 ]
 このブログに何度か書いてきたが、我が家のSは就学相談時に「養護判定」が出ているため、養護学校ではなく今の地元小学校の特学に行くためにかなりの労力を要して、やっと「認定就学」という形で入学許可が出た。

 市教委にしてみれば、時間切れでそうなったけど一日も早くやめさせようというのがありありで、いくつも条件があり、そのうちのひとつが「毎学期ごとに、市教委・校長・教諭・保護者の面談」をおこなって、認定就学を更新するというものだった。

 昨年度最後の面談で、「あと1年間」3年生の終わりまでここですごして、新学年から円満転学…その後は副籍交流で今も交流している3年○組が、そのまま4年生になっているからそこへおじゃまする…ということになった。

 本人にとってはここがいいのにただ出されるのなら粘って抵抗するのだが、本人の学習や身辺自立のことなど考えると、保護者としても「養護学校の方がそろそろいいな」と思い始めていたので、来年度はキリもよくOKだった。

 そして迎えた1学期…だったのだが、毎学期の終わりのこの会がまた荒れることは4月には想像もつかなかった。

 状況が変わった。年度初めは新入生0名の計8名だったのが、1学期の途中で1年生3名、2年生1名が校内の通常級から特学に来た。特別な支援が必要という判断だったのだろうが、通常級の子の支援をするためにクラスに人を派遣するのではなく、まずは固定型の特別支援学級へ…というのは、ケースとしてはありなのだろうが、4人みんなこのパターンとなると「方針」を疑いたくなる。

 その子たちは、知的な遅れはあまりなく、身辺自立などはしっかりしているが、言うことは全然聞かないので手はうんとかかる(といってもSほどマンツーマンではかからない)。 とてもかわいい後輩たちと過ごすことはとてもいいのだが、どう見ても先生たちの手が足りなくなっている。

 しかし、もともと介助員さんや嘱託の先生までついているので、これ以上増員する余地はないらしかった。そのせいか、6月・7月の連絡帳には、「今日、Sくんが上履きのまま脱走して、プールの前にいました」→「今日、プールのまわりを走り回って6年の先生に捕まりました」→「今日、校門から出てしまったのでしかられました」…という報告が出るようになった。

 以前なら、脱走の事前に防げていたことが、行方不明になってしまうのは、人手不足もあるし、「いたずら成功?」に味をしめたSが誤学習してしまったことの表れでもある。以前は裸足で逃げることはあっても、上履きで外に出ることはあり得なかったのだ。

 「通学許可している限りはしっかり対策を!」と言いたいところだが、先生たちはよくやってくれているし、それを言うと、次の更新時に「ではこれにて」と校長・市教委に言われるのはわかっているので、わざと流しているうちに1学期の終わりが近づいてきた。

 そしてその話し合いを迎えた。だから「荒れる」予感がしていたのだ。

 それぞれが一通りの報告をする時はずいぶんと淡々と進んだのだが、校長の2巡目の話の時に、来た。安全面を強調して、ここで転学することも考えて…という意見。ちなみに、昨年度の話し合いの時に、「場合によっては年度途中でもこちらがそう思った時には」と途中転学もあり得るとしていたのは私の方で(要するにこっちに決定権があるんだという意味で)、その時は、「イヤ、来年度は最後までいてくれた方がいい」と言っていたのは学校側だった。

 そのあたりのことも含めて、いろいろとこっちもネチネチと意地悪く言ったのだが、最後まで「校長の意志は養護学校を薦めている」という姿勢を崩さなかった。

 しまいにはこっちも「男気を見せて欲しい」とかいろいろと挑発したのだがのってこなかった。

 「安全面がクリアできれば、2学期も3学期も今まで通りというふうにくみとっていいんですね」という問いかけには、のらりくらりと政治家のような答弁だった。

 細かいところは担任とこの後の打ち合わせで…ということになり終わったが、なんだかすっきりしないまま。

 ところが、担任たちとの打ち合わせでわかったことは、「落としどころは予定通りで変わっていないです」とのこと。つまり、最初から今年度の在籍はOKだけど、安全面で不安が残るから、家族かそれに変わる誰かに付き添ってもらう時間を増やして欲しい…ということだったのだ。

 それなのに、市教委の前だから、そういう方向で言わずにおいて、さらにもしもの時には自分が責任逃れできるようにした…と考えると、本当に「ケツの穴のちっちゃい男だ」とあきれさせられるのであった。

 ということで、校長と市教委がいなくなった後の担任の先生方との面談では、「30秒」で、「2学期もよろしくお願いします」となったのであった。

 しかし、その安全面のことでどうするかということになった。(その2に続く)

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2007/07/15
玉突き?その2 「障害児と生きる日常(37417)」 [ 最近のことの日記 ]
 実は現在も、火曜日・金曜日は給食指導(交流給食)に私が行っていたり、午後の授業は週1のみ出て、他の曜日は早めに義父が迎えに来て早退したりと協力はしている。でもそれでも手が回らない時間があることは確かなので、どの時間が大変なのか具体的に時間割に合わせて考えていくことにした。

 そうなるとたいていは午前の授業部分。今、各校で私が授業を入れているところばかりだ。あと半年のことだし、S中は何が何でも続けていきたい…って状況ではないし…ということで、1校分まるまる講師枠を削って、I中の枠は時間割を変えてもらって…という方向で考えた。

 ところがI中の時間割を見てみると、もともと私の都合に合わせて無理して組んでもらったので、今入っていないところに選択授業とか学活とか今さら変えてとは言えないようなものばかり入っている。そうなるともし組み替えても全部は行けなさそうだ。

 そこで、担任の先生も「何日かだけでも代わりの人でどなたか探せたら」と言ってくれていたのを思い出し、信頼できる人でボランティアを探すことにした。

 翌日、S中で、ことの経緯を副校長に相談。もしかしたら「枠全部なし」になるか、「枠一部」になるという話をこちらはすっきりした表情でお伝えした(笑)のだが、向こうは代わりがなかなかいない学校だけに必死で事情を聞いてくれていた。「年度初めにOKだったことが、途中で変更なんてのはおかしいですね。」とその市の特別支援のあり方まで一緒にあきれてくれていたので少しうれしかった。(でもご本人は私を採用する際に学年を伝えまちがえた方である)

 そんな話をしていると講師仲間が「○○大の学生が見る掲示板に貼ると絶対来ますよ。ましてや無償じゃなくて有償ボラってことなら下手すると取り合いです。」と言ってくれた。なるほどと思い、その日のうちに大学に電話をした結果、「募集のビラ」を作って送ればいろいろとやってくれるとのこと。実はここは自分の母校なのだが、講師の仕事を私立で探していた頃にはその掲示板を私もしょっちゅう見に行っていた。その時ついでに目に入る「小学校で付き添いの方を探しています」とかのビラというか貼り紙をよく見ていたので、それを思い出しながら作成した。

 作成しながら考えていたのは、自分が入ることのメリットとデメリット。入るとなると個別学習とかも見られるからそれこそ自分が仕事でやるのと同じつもりで本人にびしばしとやれる。今までそこそこで過ごしていた時間の学習が充実すると思われる。が、家でSと一緒にごろごろ過ごす自分と、学校で厳しくする自分の使い分けに、自分もSもとまどう可能性がある。

 一方、ボラが予定の曜日全部に見つかった場合は自分が入らない。メリットは講師枠を減らさなくてすむこと。有償ボランティアなのでその分、お金も出ていくのだが、自分が講師枠をまるまる1校分切って入ることに比べれば差額は少なくてすむ。何よりもそういう人材が新たに活用されて育ってもらえることで、社会に還元される?気がする。Sにとっても関わる人が増えることはいいことだし、もし近隣にそういう人材が見つけられれば、他の何かの時にも助けてもらえるかもしれないし、人脈は広がる。

 そう考えていると、単純に「S中やめて、自分が入るのもしょうがないか」と思っていた段階よりも、少し夢が出てきて楽しい気持ちになってきた。応募者が出るかどうか、これまた運命と言うことで…。

 そのビラを完成させたことで、その日はもう大きな未来が開けたかのような気になった(笑)。

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2007/07/16
玉突き?その3 「障害児と生きる日常(37417)」 [ 最近のことの日記 ]
 翌日、そのビラを大学に送って使命?は果たしたのだが、せっかくなので他のルートからも人材を募集しようと思った。Sの行っている小学校の地域(つまり私たちの住む町)とその大学などがあるような地域とは地理的に離れているから、「近隣の人」という条件がかなり難しそうなのだ。

 午後からS中の授業日だったので、行って「こんな風に募集もしていますがその結果どうなるかはまだわかりません」と副校長に報告。「こちらでも当たってみます」と副校長も快諾。向こうも私の代理がなかなかいないから必死である(笑)。

 そんな時に、なんとちょうどいい人(失礼)がとなりに座っていることか。以前の記事に書いた、H中の時の教え子で、なかなか優秀な人材、今、S中で学校ボランティアをやっている男、M君がいた。本人をさらっていくのはさすがにS中に申し訳ないが、とりあえず置かれている状況を彼に説明して、大学の友人などにも聞いてもらうことにした。彼はまた違う大学の教育学部で運動系なのだ。

 ちなみにSのボランティア募集の条件には 『教職への興味と知的障がい児への愛情がある方なら経験を問いません。が、もちろん経験者大歓迎です。本人が教室からの脱走を試みるため、逃げてもすぐに追いつける足をお持ち…など、体力や運動神経にそこそこ自信のある方が望ましいです。』 と書いたくらいなので、運動できることは結構重要なのである(笑)。

 その彼が、可能性のある友人をピックアップしていてふと思い出したように言った。


 「元2年1組関係だとIさんとかどうですかねえ。」

 おおそうだ! 小学校だから教育学部…とばかり思っていたが、よく考えてみたら「保育士」免許取得をめざす人の方がより障がいとか自閉症とかの勉強が役に立つに違いない! というかそっちの関係の知り合いの方が、小学校特学でのうちの子への付き添いという仕事は得意に違いない…というわけで、募集の範囲がより広がっていった。

 自宅に帰ってから、そのIさんにメールを出してみると、いきなり好感触!

 知り合いの紹介どころか、本人が大丈夫とのこと!  作ったビラを添付ファイルで送って見てもらい、募集曜日のうちのひとつ(ほぼ2つ)がうまった。いやあこれは助かった。というか、よく知っている人(教え子な上にほぼ毎年クラス会参加中)なら面接の必要もないし、信頼度も高いし(ちょっとほめすぎか)、運動がどれくらいできるか(確か結構速い)もすでにわかっているし。

 ということで、トントン拍子に話が進んで、あとは水曜日にもいい人材が来てくれるかどうか、引き続き募集中…という状態である。

 今回、玉突き状態で、通常級からの新入生たちに押されて、Sともう1名の認定就学者が追い出されそうになった。その関係で私がS中をやめようと動き始めたら、副校長が動き、そのただならぬ様子が耳に入った講師仲間が動き、そのアドバイスで私がビラを作り、それが生かされてH中出身のボランティアのMくんに話をして、そこからのアドバイスでIさんが見つかる…とこの玉突き状態が次々といろいろな人との出会いや運命を後押ししているかと思うととても不思議なのであった。

 だからといって、玉突きがこの後も続くうちに、Sを追い出そうとした校長や市教委には天誅でも加わるといいのに…なんてことは思ってはいけない(笑)。

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2007/07/18
連続調理実習 「障害児と生きる日常(38040)」 [ 最近のことの日記 ]
 Sの通う小学校特学では、1学期の給食が終了したこの2日間、連続して調理実習だった。

 1日目はカレーライスとサラダ、2日目は肉じゃがとサラダ。

 でもSの連絡帳の内容は2日とも同じ。

 「ピーマンを洗ったり切ったりしました。生で少し食べました。おやつのゼリーを見つけてきてつついたりくずして遊びました。」

 偏食王Sは、人の嫌いなもの(生ピーマンとか生ネギとか生タマネギとかミョウガ)は結構好きだったりする…。

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